椎名夢学園とは

椎名夢学園の夢

見えない教育から見える教育へ

代々続く農園に未来の人づくりという夢をのせて

昭和40年代後半から、当時の牛久町(現牛久市)は東京のベッドタウンとして急激な発展をとげていました。それに伴う人口増加によって、子供たちが満足に幼稚園に入れないという状況に陥ったのです。
もともと幼児教育に関心があった創業者の椎名栄造はそういう事態を憂えていたのです。牛久の地で何代も続く農家として梨園などを経営していた栄造は、ついにその農地を開いて幼児教育のための施設をつくることを決断します。地域に何かしらの形で貢献したいと日頃から考えていた栄造は、自身が子供好きだったこともあり、ぜひ幼児教育で社会貢献をしたいと考え、これが椎名夢学園の夢の第一歩となりました。

園開祝あいさつ

園長と園児

子どもの夢を育むために

こうして設立されたこばと幼稚園は、知能教育を中心に、集中して話しが聞ける子、小学校へ入学してからスムーズに学習に取り組める子を育てるという取り組みをしていきました。今でこそあらゆる方面で幼児教育では「非認知能力」とか「やり抜くチカラ」を育てることが大切だと言われていますが、栄造の理想とした教育も、子どもたちが将来豊かで幸せに生きていくために必要不可欠な「集中してやり抜くチカラ」だったのです。みなさんは、夢を実現するために大事なことって何だと思いますか?「それは、毎日継続してやり続けること」。私たちは迷わずこう答えることにしています。たとえば、間食を習慣としている人が、間食をやめると決心したものの、3日後にはこの決心が揺らいでいた…こんなことありませんか?それぐらい、継続するというのは難しいのです。子どもが一度描いた夢(自立と自我の芽生え)を大切に受け止め、傍で応援すること。これが、幼児教育に与えられた最も重要な役割だと私たちは考えています。子どもの夢を応援するために、まずは、「つよい体」「つよい心」そして、「つよい意志」が育つ教育環境を提供してまいります。

園開あいさつ

園長と園児

夢を実現へ向けて“見える成果”の積み重ね

創立者銅像

昨日できなかったことが今日はできるようになる。その嬉しい変化が、さらなる意欲につながります。教育、とりわけ幼児教育はその成果がなかなか目に見えにくいものです。
“見えない教育から見える教育へ”。小学校の授業にすんなりと溶け込める基礎を養うことは、そのまま将来のさまざまな課題にも対処できる豊かな人生の基盤を育むことにもつながります。
「牛久市に本物の幼児教育を」という椎名栄造の志。その夢は、子どもの成長という成果として結実し、日々着実に目に見えるものとして実現しています。